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「京都に行きたい」 「…は?」 目の前の彼氏から呟かれた言葉にわたしは目を丸くする。いくらなんでも脈絡がなさすぎる。 「京都に行きたい。着物デートをしたい」 「…それどこから仕入れてきたの?」 「NAVERまとめで見た」 「……」 また余計な知恵をつけてきた。そして思ってた通りのネットが情報源だという事に頭を抱える。わたしの彼氏が突拍子のない事を言い出す8割方の情報源はインターネットである。 「京都では観光地で着物のレンタルを行っているらしいんだ」 「へえ」 「着物のが見たい」 「普段と変わらないよ」 「絶対可愛い」 「ブスだよ」 「ブスじゃない!俺の彼女だぞ!」 「お、怒った、」 「!ご、ごめん怒ってない、興奮しただけだ!」 「…」 「怖がらせてごめん」 由孝はしゅんとした表情で、わたしを膝に乗せてスマホの画面を見せる。あやすように頭を撫でられるのは嫌いじゃない。 「これとか、これとか」 「…うん」 「男女だとレンタル料金が半額になるプランもある」 「あ、この柄可愛い」 「どれ?」 わたしの肩に顎を乗せ、ぐっと距離を縮められる。目が悪いわけではないのにこんなにも覗きこむ必要があるのだろうか。少しだけ下心を感じるその行為に思わず苦笑する。 「は大柄の方が似合いそうだな」 「うーん」 「行く気になった?」 「うーん」 唸っているわたしの機嫌をとるように、由孝は頬に口づける。 着物デートの何が嫌かって、浮かれ切っているみたいで嫌なのである。わたしだって女なのだから、可愛い着物を着て京都を歩きたいという願望は勿論ある。実際に友人と京都に行き、着物を着ようと計画した事もある。だけれど、あくまで友人との話だ。彼氏と京都まで行き着物を着るというのは何となく、浮かれ切っている気がして気恥ずかしい。 メディアに踊らされきっている目の前の彼氏の唇は、いつの間にか頬から首筋に移っている。そのまま熱っぽい声で囁かれた。 「お願いだ」 「うーん」 「じゃあ京都!京都に行くだけでいいから!」 「うーん」 「抹茶パフェとわらび餅の美味しいところを探すから!」 「!」 「あとはの行きたいところは全部行こう!だからお願いだ!」 「……う、うーん」 そこまで言われると、悪い気はしない。それどころかどうしてわたしは渋っているのかという気分になってくる。由孝といると、いつもそうだ。わたしは最初は気乗りしなくても、彼の必死の譲歩に絆されてしまう。 「…泊まり?日帰り?」 わたしの言葉に、由孝は嬉しそうに目を瞬かせた。 ; 「………」 「この柄も可愛い!あ、だけどこっちの色もいいな…はどっちがいい?」 「両方やだ。もっとシックなやつがいい」 「シック!?え、えーっと…じゃあこれは!?」 「子供っぽい。ピンクはやだ」 「じゃ、じゃあこれは…」 着物は絶対に着ません。散々そう言っていたのに、どうしてわたしの目の前にはレンタル用の着物が沢山並んでいるのだろうか。そしてどうして目の前の彼氏はわたしよりも本気でわたしの着物を選んでいるのだろうか。 彼の選んでくるものに容赦なく駄目だしをする。由孝の好みはわたしの好みよりも少し幼い。男がイメージしている女子らしさというのはこういうものなのだろうな、と痛感している。わたしはもう少し大人っぽいものがいいのだ。 周りを見渡すと、カップルで来ている人達は想像よりも多かった。だけれどこんなにも必死で彼女の着物を選んでいる彼氏は由孝だけである。あとの男の人たちは彼女が着物を決めるのをだるそうに待っていた。 「じゃあ、これは!?」 「あ、それ可愛い」 「!よ、よかった…」 わたしの言葉に由孝は全力でほっとしていた。その様子を可愛いなと思ったのは、わたしだけの秘密である。 ; 「……生きててよかった」 「…大げさすぎ」 着付けとヘアセットを終えると、由孝はすでに着付けを終えていたようであった。待たせてごめんねと謝ろうとしたところで、手を握られて拝まれる。 「着物の…いい…!写真撮っていいよな…?」 「え!?ちょっと待って、やだやだ、」 「今日の為に一眼レフを持ってきた」 「は!?荷物になるから預けなよ!」 「嫌だ!」 大層なカメラを持つ彼の手を掴んだところで、同じく着物の由孝の姿を凝視する。嫌味なくらい、似合っている。涼しげな顔立ちも、高い身長も。どれも酷く、和服の由孝を引き立てている。 「………」 「?」 動きを止めたわたしを、由孝は不思議そうに見つめる。思わず目を伏せてしまった。 「?」 「な、何でもない。早く行こ」 「!…!」 誤魔化す様に手をとると、由孝は感極まった表情をしていた。 「から手を繋いでくれるなんて…」 「暑くなったら離すからね」 「俺は手汗くらい気にしな、」 「ばか!」 由孝は罵られたと言うのに今にも踊りだしそうな様子である。浮かれ切っている。だけれどそれを満更でもないと思っているわたしも大概、浮かれ切っている。 ; 「疲れてない?」 「少し。由孝は?」 「俺は部活で鍛えてるから」 「……細いのに」 「ほ、細くない!腕とかはこう、」 「えー?」 「!」 「あ、ほんとだ。筋肉ついてる」 伏見稲荷、清水寺、祇園と、著名な観光名所を慣れない着物で歩けば少しは疲れが出てくるものである。だけれど彼は疲れを殆ど見せていない。伊達にバスケをやっていないなと思った。そう思いながら二の腕を触ると、焦ったような声が聞こえる。 「、その」 「あ、ごめん」 「いや、その…」 気まずそうに目線を泳がせる彼を見て、わたしは首を傾げる。抹茶パフェはもうすぐ底が見えそうである。 「美味しいね、ここのパフェ」 「食べログで高評価だったんだ、よかった」 「うん、連れてきてくれてありがとう」 「いや、俺こそ着物を着てくれてありがとう。幸せだ」 「うん」 最初は浮かれ切っていて嫌だと思っていたけれど、着てみれば案外そうでもない。着物を着ているカップルは沢山いるからか、そこまで浮く事もない。それどころか外国人にもてはやされて中々いい気分でもあった。由孝は微妙な顔をしていたけれど。 「わたしも、幸せ」 何気なく呟いた言葉に、他意はなかった。心の底から思ったのだ。 「………」 「うん?」 「もう限界だ」 「…え?」 「いちゃいちゃしたい」 「………は!?」 「ずっと我慢してた。だけどもうだめだ。着物のといちゃいちゃしたい」 「ちょ、ちょっと待って何言って、」 「どこか、二人きりになれる場所に」 「は!?今から八坂神社行くんだよね!?」 「それはまた別の機会に、」 「由孝の方こそ別の機会にしてよ!」 「別の機会なんてもうないかもしれない!」 「はあ!?」 抹茶パフェを食べながらする会話ではない。今にも騒ぎだしそうな由孝を止めるべく、わたしはぽつりと呟いた。 「…今度のデートの時、好きにしていいから」 「今度のデートじゃ…え?」 「だから、ね?今日は観光しよ?」 「好きにしていい?いま好きにしていいって言った?」 「うん」 「俺のワガママ、が聞いてくれるってこと?」 「限度はあるけど」 「………よし、八坂神社に行こう」 この変わり身の早さは笑うとこなのだろうか。相変わらず浮かれ切っている。そう思いながらも、普段なら絶対に言わない台詞を呟いているわたしも、傍から見たら十分に、踊りだしそうなくらいに浮かれ切っているのかもしれない。 (150510ダンスダンスダンス/7) |