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パチンコ屋の前で偶然あいつに会った。
「よォ、じゃねェか」
「銀さん……。またパチンコですか。その顔を見ると、負けたようね」
「いや、負けたって言うか?この店にちょっと寄付したみたいな?」
「負けたのね」
銀さんは私の言葉など気にもしていないように、服に手を突っ込んで胸の辺りを掻きつつ言った。
「はサボリか」
「買い出しの帰りよ、あんたと一緒にしないでくれる?」
「ちゃん。あのさァ……」
「お金は持ってませんし、あっても貸しません」
「まだ何も言ってねェだろーが」
「言わなくても分かるわよ。ていうか、いい加減ギャンブルやめなさい」
「なに言ってんだよ、ギャンブルってェのはな。漢の生き様と一緒なんだよ。
漢の生き様は女にはわからねェかもしれねェが、あえて勝ち目のない勝負でも挑む、それが………。
ちょっとお?!話の途中でしょお?!無言で去らないでくれる?!銀さん傷ついちゃうよ?漢ってぇのはロマンに生きる分傷つきやすいの!そうやって………ちょっとお?!ちゃん?!」
「アホ」
私は銀さんの事をほうって、店に帰るために歩きだした。
なにが漢の生き様だ。なにがロマンだ。
どれだけ私が心配してるのか、あいつは分かってない。全く、全然、少しも、微塵も分ってない。
いつもいつもヘラヘラヘラヘラ惚けた顔をして、地に足をつけようとしない。
心配してるのが本当に馬鹿らしくなる。
私はイラつきを隠さずに、眉宇に皺をよせて、それから大きくため息を付いた。
■
「餡団子くれー。十本なー。あと挽き茶」
店の前に置いてある長椅子に、白いふわふわの髪の男がだらしなく足を組んで座っていた。
「また依頼はなかったの?こんなところで油売ってないで、営業とかしてみなさいよ」
「すいまっせーん。ここの従業員態度悪いんですけどォ!クレームいれちゃいますよー?クレーマーになっちゃってもいいんですかー。従業員の教育がなってないんですけどォ?」
「アホ」
店の奥で私たちの会話が聞こえてたのだろう。女将さんの笑い声が聞こえた。
私はここの団子屋で働いていて、銀さんはここの常連だ。
初めはちゃんと接客していたけれど、銀さんはこの店に来る度に色々愚痴る。
時間が合えば時々お茶を飲みに行ったり食事を一緒にしたりして、話を聞いたりもしていた。
そして話を聞けば聞くほど、この男がどんだけいい加減に生きているか分かってしまった。
今でもこの男は滅多に仕事をしないで、フラフラフラフラしては度々ここに来る。
私は店の奥に入って、団子の用意をする。
団子に乗せるアンコを少し多めにして、お茶とともにお盆に乗せた。
あいつの甘味好きに合わせて、アンコの量をこっそり多くしている。
でも女将さんはそれを知っているし、知ってても注意したりはしない。
銀さんが座ってる椅子の横に団子とお茶を置いた。
彼はさっそく串を持つと、団子にかぶりつき横に引いて咀嚼する。みるみる団子がなくなっていく。
アンコが口の端についていて、軽そうな頭が余計に軽そうに見えた。
■
久しぶりの休みだった。
溜まっていた家事を終わらせれば特にする事もなく、下駄をひっかけ家を出る。
足の進むまま歩いてると、緑の多い広い公園に着いた。
子供達のはしゃいだ声が聞こえる。
風が薄く吹いていて、木々や土の匂いが陽射しの中に混じる。
心地良くなった私は、池の近くにあるベンチに座った。
木漏れ日に抱かれるように包まれると、とても暖かい。
いい天気だ。
しばらく池をぼんやり眺めていると、急に背後からにゅっと腕が回ってきて首を軽く締められた。
「ちゃん、おっぱい触っていい?」
振り返らなくても分る。
こんな馬鹿な事言う奴は一人しかいない。
私は無言でその腕に力いっぱい噛みついた。
「痛ってェ!!何?!ちょっとしたジョークでしょ?!噛み付くことないでしょーが!」
「触っていい?って聞かれて、いいよ?って答えるわけないでしょう!!」
「ああ、なら聞かずに触ったらいいのな」
銀さんは私の胸に触ろうと手を伸ばす。
私はその手をかわし、立ち上がって大きな声を出した。
「おまわりさーん!こいつです!痴漢がここにいます!!」
「ダァッ!!待て待て!!!!」
「おまわりさーん!こっちです!ここに……むぐ?!」
銀さんは私の口を手でおおって、無理矢理声を止めてきた。
「本当に来たらどうすんだよ!!」
私は邪魔する銀さんの腕を解く。
「本当に呼んでんのよ!おまわりさーん!!」
「分かった!分かったって!俺が悪かった!」
私が睨むと、銀さんはヘラリと笑った。
……イライラする。
私はベンチに座り直すとタバコを取り出して、火をつけた。
銀さんがその隣に座る。
「女が煙草なんか吸うもんじゃねェぞ」
「あんたのせいで苛ついて吸っちゃうんでしょうが。折角やめてたのに」
私は結構前に禁煙していて、それが長く続いていた。
なのに、こいつのせいでまた吸い出すようになってしまった。
本当に嫌な男だ。
「タバコ臭ェ女なんか、男は萎える」
そう言って銀さんは私のタバコを奪い、自分で吸いはじめた。
……私の唇に触れたタバコだというのに、全く気にしていないらしい。
そんなところも腹が立つ。
タバコのフィルターを歯の端で噛んだまま煙を吐いて、銀さんが聞いてきた。
「男できたか?」
「すっごい素敵な人と付き合いはじめたの。優しくて、背が高くって、イケメンで、お金持ってて……」
「あー。そー。なるほどねー。まだ男いないんだなー。かわいそーになー」
「……うるさいわね。ほっといてくれます?」
「オメーみてェな凶暴な女に男なんてできるわけねェわな」
私は無言で銀さんの横腹にエルボーをくらわせた。
くらったバカは横腹を押さえて言葉を失くしている。
腹の立つ男だ。本当に腹が立つ。一度軽く天国でも見て来たらいい。
私は立ち上がって、公園をあとにした。
■
「よォ、ー。お得意様の銀さんが来てやったぞー」
銀さんがいつも通り、気の抜けた声で呼びかけ長椅子に座る。
「はいはい、毎度ありがとうございます。餡団子十本と挽き茶でいい?」
「二十本でいつもよりアンコいっぱいな。それより仕事終わったらちょっとつき合わねェ?」
「いや」
「ちょ、いきなり断る?!もう少し悩んでもいいんじゃねェの?!傷ついた!銀さんちゃんの言葉に傷ついた!」
「アホ」
「ここでまたアホって言う!?傷ついた!ちゃんの言葉に銀さんまたまた傷ついた!すいまっせーん!ここの従業員態度悪いんですけどー!クレーム入れちゃうよ?!クレーマーになっちゃうよ?!従業員の教育がなってないと思うんですけどー!店長呼んでくれますゥ?」
「バカ」
もうほとんど恒例となったやり取りをしてから、私は店の中に入った。
いつのもようにアンコを多くした団子と茶を持って行く。
少々荒々しく団子と茶を、ドンっと銀さんの座る長椅子の隣に置いた。
衝撃に波打って、お茶が少し湯のみからこぼれる。
「なんだよ。機嫌悪ィな。苛ついてるのか?アァ?生理か?女は大変だなー。しかしお前の子宮と卵巣も可哀想だよなァ。まァた無駄な準備になっちゃって」
私はお盆で銀さんの頭をバンッ!と叩いた。
「痛ってェェェ!!普通盆で叩くか?!俺はただにまだ男が居ないのが心配になってだな!」
「アホ」
相手にしてられないと私が店に入ろうとしたら、銀さんが言葉で止めた。
「待て待て」
「またバカなこと言ようなら、今度はお盆の角でその白髪頭を赤く染めるわよ」
「悪かったって。ちょっとしたジョークだろ。会話のジャブみてェなもんだろ」
こんな会話のジャブがあるか。
はーっ、と私は長い息を吐く。
「それで?何よ」
「仕事何時にあがるんだ?」
「6時にはあがるけど」
「早いじゃねェか。やっぱ遊びに行こうぜ」
「やだ」
「断るにしても少しは悩む振りしろよ!男は傷つきやすいのよ?!特に銀さんは傷つきやすい年頃なの!繊細なの!デリケートなの!感受性が強いの!」
「そうね。それじゃ」
「ちゃんと最後まで聞けよ!」
「聞くから早く言いなさい!仕事中なの!」
「実入りのいい依頼を終わらせたばかりで、銀さんお金持ちモード」
ニヤーッと銀さんが笑う。
「ふうん?良かったじゃない。それでまたパチンコ屋に寄付とやらをするのね」
「バーカ。金入ったから奢るって言ってんだよ」
私は少し目を大きくした。
「めずらしいじゃない」
「だから久々だしよ。仕事あがったら遊びに行こうぜ」
私は仕事を終えるとエプロンを取り、簡単に身なりを整える。
遊びに行くって分っていたなら、もう少しいい着物着てくるんだった。
かんざしも特に洒落たものじゃない。
まぁ、相手が銀さんだしいいか。そう思って店を出ると既に彼が迎えにきていた。
「メシ行こうぜー、メシ。腹減った」
「私も。何奢ってくれんのよ?」
「何食いてェ?」
「お寿司」
「おう、任せろ」
「当然回ってないやつね」
銀さんは少し口元を歪ませたが、私はそれを見ていない事にした。
「いらっしゃい!何を握りやしょうか?」
寿司屋の大将が愛想良く、私達二人をカウンターに座らせて聞いてきた。
「大トロ、いくら、エンガワ、ウニ…そうね…ウナギとタイも握ってくださいな」
「オイ」
何か不服そうな銀さんの声を無視して、私は緑茶をすする。
「そちらの兄さんは?」
「ええと…シーチキンと、コーンと……カニカマ?」
「あの、うちはそういった商品はご用意できないんですが…」
困ったように大将が答える。
そりゃそうだ。
回ってるお寿司と一緒にしたら、大将に悪い。
「じゃあ、タマゴとカッパ巻きとタマゴとカッパ巻きとタマゴとカッパ巻きで……」
「あら?銀さんはそんなのでいいの?」
「お、おう、こんなのでいいんだ。それに寿司屋はタマゴの味でだな、店の位が分るって言うしな!ね?大将?」
声をかけられた大将は、少し苦笑しながら頷き、寿司を握りはじめた。
久しぶりの贅沢な夕餉をめいいっぱい堪能して店を出た。
少なくとも私だけは満足した顔で歩く。
銀さんは少し渋い顔をしてるように見えたが、気にしないでおこう。
「じゃあ、ごちそうさま」
私は銀さんに軽く手を振って家に帰ろうとした。
「オイ。メシ食っただけで帰るなよ」
「どっか行くの?」
銀さんは「歌でも歌って腹ごなししようぜ」と、私の手を引いてカラオケ屋に向かった。
……わざわざ手を引く必要ないと思うんだけど…。
なんか、ちょっと……。
まぁ、いいけど…。
カラオケの個室に入ると、私たちはソファーに隣り合って座る。
銀さんは瓶ビールを注文した。
「コーラーにしようかなぁ。やっぱオレンジジュースかな」
「なんだァ?オメーは酒飲まねェのか?」
「んー…」
ドリンクのメニュー欄を見ていると、彼は顔を近づけてメニューを覗き込む。
……顔がやたら近い。
コイツ、わざとやってんじゃないでしょうね…?
私はメニューを置いて、さりげに銀さんから少しだけ距離を取った。
カラオケといっても二人きりだ。特に盛り上がるわけでもない。
それでもポップや、ロック、新曲なんかを順番にいくつか歌っていると、おもむろに銀さんは私の肩に腕を回してきた。
私は一瞬だけ歌声を止めたが、すぐに歌い出す。
こいつ、酔ってんの…?
銀さんの行動に気づかなかった事にして歌に集中する。
私が何も言わないせいか、彼の手はずっと私の肩を抱いていた。
多少身体が強ばってしまう。どうぞこの馬鹿に気づかれませんようにと私は願った。
銀さんがそのままの体制で、次の曲を歌う為にマイクを持った。
曲のイントロがはじまり、画面に曲名が現れる。
………意外だ。これってバラードのラブソングじゃない。
銀さんらしくないな。
そんな事思ってると銀さんが歌い出した。何気に上手いのが、なんだか腹が立つ。
歌のサビに入ると、彼は肩に回していた手に力を込めて抱き寄せてきた。
私の身体が一気に固くなる。
なにこれ。なにこれ。なんだこれ。
いつもの銀さんらしくない。こんな事するような人だっけ?
私はさすがに堪えきれずに、銀さんの顔を見てしまった。
銀さんは意味ありげに目を細め私を見た。
唇に笑みを乗せて歌い続けている。
甘いラブソングが流れる中……ただただ私は身体をガチガチに固くしているしかなかった。
カラオケ屋を出ると、ふたり並んで言葉もなく歩く。
いまだに彼の手はやはり私の肩にあって……。
私はがらにもなく、顔を赤くしてうつむいていて……。
これって…。
この雰囲気ってもしかして……。
銀さん…………。
「さて、夜もこれからだな。そろそろホテルに…………ぐおっ!?」
「バカ」
エルボーをくらってうずくまってる銀さんは、やっぱりいつもの銀さんだった。
バカをその場に置いて、私はさっさと家に帰った。
■
「こんにちは、さん」
「あら、栄介さん。いらっしゃい」
栄介さんは、この団子屋の常連さんだ。
貿易商を営んでいて裕福なはずなのに、庶民的なこの店によく来てくれる。
優しいし、その上顔もいい。背も高い。笑顔でいつも接してくれる。
これほど備わった男の人など滅多にいないだろう。
さぞ女にモテるだろうな、といつも思う。
いつもは笑顔でいるのに、今日は何か少し様子がおかしいと感じた。
何かあったのだろうか?
「栄介さん?何をご注文します?」
「今日はこれをさんに贈ろうと思いまして…」
「はい?」
栄介さんは、桐の重箱を私に渡す。
戸惑う私を栄介さんは真摯に見つめてくるだけだ。
困ってしまって、とりあえず箱を開け油紙をめくると、見事な袷が入っていた。
紅を地に下から立ち昇るように桃色が流れて、然うように桜模様が施してあった。薄く金糸が煌めく。
「綺麗……」
「良かった。気に入ってくださいましたか」
栄介さんは、少し安心したように息をつくと笑った。
「でも、こんな高価なものいただけません」
私は袷を箱に戻す。
「……それを着て僕とデートしてくれませんか?」
「へ?」
突然の申し出に私は目を大きくする。
「一度だけでいいから、さんとデートしたかったんです」
栄介さんは、少しだけ笑みをたたえて私の答えを待っている。
どうしようか迷った。
もちろん栄介さんの事は嫌いじゃない。
嫌いじゃないけれど……。
ちらっと銀さんの顔が頭の中によぎった。
なのに。
「一度だけ。本当に一度だけでいいんです。行きましょうよ。ね?」
栄介さんが強引に言ってくるので、思わず私は頷いてしまった。
デートの日。
私は贈られた着物を着ていくと、栄介さんはこっちが恥ずかしくなるほど褒めてきた。
食事をしたり、小物を見たり、露天をひやかしたり。
栄介さんはとてもスマートにエスコートしてくれてた。
さりげない優しさや気遣いをみせてくれながらも、栄介さんは始終楽しそうに笑っていた。
夜の帳が降りようとしている。そろそろ帰ろう。
今日のお礼と別れの挨拶をすると、彼は「送っていきますよ」と言ってくれた。
本当に大人で、素敵な人だ。
今度もどこか行きましょうか。車を出しますから景色のいい山にでも行きましょうか。
そんな話をしていると、道の途中で見慣れた白髪頭を見つけてしまった。
向こうも私に気づく。
「……?」
銀さんは目を細めると、がっと私の手首を掴み、引きずるように大股で歩きはじめた。
「ちょっと、痛いっ!離しなさいよ!」
私の非難の声に答えもせず、彼はずんずんと早足で歩いて行く。
「さん…?!……さん……」
栄介さんの呼び止める声が遠くなってゆく。
そして銀さんは、私を路地に連れ込んだ。
「あの男、誰だ?」
「誰でもいいでしょ。あんたには関係ないわ」
「関係ねェってことないだろーが。お前は俺の知り合いなんだしよ。
誰でもかれでも尻尾振ってちゃダメだと思うぜ?軽いと思われんぞ?男はちゃんと厳選してだな。
こう、ビビッときた奴とつき合うべきだと思うんだよ。これでも銀さん男としての意見があってだなー。
女はやっぱこの人と本当に一緒にいたい、人生をともにありたい、結婚したいって、それこそ病める時も健やかなる時もーってだな、そう思うほどの奴と……」
「いい加減にして」
私の低い声が銀さんの言葉をさえぎって響いた。
銀さんの顔が瞬時に強ばる。
「いつまでそうやって誤摩化すつもり?」
「?」
私は目の前の男をじっと見つめる。
銀さんは私の視線に目線を彷徨わせた。
「もう、うんざりよ。あんたに合わしてたけど、これで最後だと思いなさい」
「オイ、」
銀さんは目を大きくさせて驚いた表情をしている。
「俺の気持ち知ってんだろーが……」
「知らない」
「今更……」
「銀さん」
私は強く彼の名を呼んだ。
じっと見つめていると、銀さんは長い息をついてうつむく。
「もう俺とは会わねェって言うつもりか?」
「その通りね。でも、あんた次第でもあるわ」
強い視線で見つめていると、銀さんは顔を上げた。
言って。言ってよ。もう待ってあげない。言いなさい。ほら、言って!
「……オメーは、本っ当に気が強ェな」
「可愛くなくて、すいませんね。こういう性格なの。知ってんでしょ」
なにか迷ったような顔をしてる銀さんは、首の辺りを掻いた。
「覚悟を決めなさい。いつまでものらりくらりしていれると思わないで」
「………えーっと?……その、だな…アー…。なんてェか……。なァ、やっぱやめねェか?こういうのは俺の……」
銀さんは言葉を途中で止めた。
黙ってただ見つめている私に、彼は困ったような顔をする。
しばらくそのまま時が流れた。
そして銀さんはふっ、と短く息を吐くと口を開いた。
「分った」
少しの間が開いたあと、銀さんは意を決したように、眉を少し寄せた。
初めて見る表情だった。
私は胸がトキトキと鳴り始める。
「。俺は………。俺は、お前が好きだ。泣かせたりなんかしねェ。絶対大切にする。俺とつき合ってくれ」
真面目な声で、そして私の次の言葉に少し恐れた表情で、銀さんは私がずっと待っていた言葉を紡いでくれた。
私は自然にふわりと笑う。
その笑みに銀さんは少し驚いたようだ。
私はそんな銀さんの首に腕を回すと、精一杯背伸びをして、口づけた。
彼は僅かに肩を揺らした。
そして戸惑った様子を見せた後、私を強く抱きしめてくる。
彼の唇の熱と、鍛えられた逞しい身体と、香りに包まれて私は幸福感に酔った。
やっと、やっとここまでこれたんだ。
口づけを解くと私は銀さんの耳元で小さく、それでも歓喜の声を滲ませて言った。
「よくできました」
「え?」
「つきあってあげる」
「……」
彼は安心した声で私の名を呟く。
大通りを歩いていく人の足音や声が、遠くなっていくように感じた。
暗い路地裏、二人だけの小さな世界で、言葉もなく私たちは抱きしめ合っていた。
─────ふふふ。ねぇ、銀さん。気づいてた?
今、私はずっと見つめていたでしょう?
知ってるかしら。見つめるってね、一番の武器なのよ?
「よし。気持ちも確かめ合ったことだし、今日こそホテルに………ぐっ?!」
私は無言でバカの横腹にエルボーをくらわせた。