- 酔う -
「ここだわ」
私は「万事屋銀ちゃん」と看板のかけられた建物の前で一瞬躊躇した。
階段を上ってインターフォンを鳴らす。
すぐに銀色の髪の男の人が玄関を開けてくれた。
「はいはいー」
「あの。ここってお金を払えばなんでもしてくれるところなんですよね?」
私は恐々と聞いた。
「依頼人か。まァ、中に入って」
通された客室にはローテーブルが一つ、ソファーが二つあった。
向かいのソファーには銀髪の男性と眼鏡をかけた少年、そしてチャイナ服を着た可愛らしい女の子が座っている。
私は持っていたお金を全部テーブルに出した。
お金は普段持たせてもらえないから、かんざしを一つ質屋に入れて作ったお金だ。
20万円ほどにしかならなかったから足りるのかな、と少し心配だったが、銀髪の男の人が目を輝かせたから相場くらいにはなったのだろうか。
「これで私とデート、というものをしていただけませんか?」
「デートォ!?」
三人が三人とも驚いた声をあげた。
「はい。実は私、今までデートというものをしたことがなく、それでこちらでお願いしに来たんです」
「結構いいツラしてるのに、男いねェのか?」
「かわいいアルな。こんなところは似合わない、いい匂いもするネ」
「家が厳しいです。外に出してもらえることも滅多になくて、私、今日はじいやの目を盗んで家から出てきたんです。あの、やっぱりお金足りませんか?」
「じいや…どこかのご令嬢ですか…?」
「お金が足りませんのでしたら、また工面してまいりますので…」
「いやいやいや、問題ねェ問題ねェ。これで男を斡旋すりゃいいんだろ?」
「斡旋というか、こちらの社員の方でいいのですが…」
「それでいくと、俺か、こいつになるんだけど?」
銀髪の男の人が自分と隣に座っていた眼鏡の少年を指差した。
「童貞メガネと白髪天パ、どっち選んでもろくなデートにならないアル」
「いえいえ、とんでもございません。ただ、年下の方より年上の方が良いので貴方にデートしてもらえますか?」
私はじっと銀髪の男の人を見る。
その人は少し頭をかいた後、依頼を受けると言ってくれた。
そうして私は人生初めてのデートすることになった。
「じゃあ、まー、名前から聞いていいか?」
「はい。と申します。とお呼びください」
「オレは銀時な」
「銀時様ですね」
「銀時様なんて言われたら落ち着かねェ。銀さんでいい」
「わかりました。本日はどうぞよろしくお願いいたします」
私は深々と頭を下げた。
その頭にポンッと大きな手で触れられる。
「こっちこそ、よろしく頼まァ。」
私の頬が少し熱くなった。
父以外の男の人に触れられるのは初めてだ。
「腹が減ったな。とりあえずファミレスでも行くか」
「ファミレスってどんなところなのですか?」
「お嬢様が行くところではねェか。ファミリーレストランだ」
「レストランなんですね。じゃあそこに行きましょう」
ファミリーレストランに銀さんと私は行った。
銀さんはメニューを見ることもなく店員を呼んで注文する。
「俺、チョコレートパフェ」
「食事じゃなくてデザートなんですか?じゃあ私もそれで」
しばらくして二人分のパフェが運ばれてきた。
銀さんは早速というようにパフェを食べ始める。
私もアイスの部分を食べる。
「まずくねえか?」
「いえ、美味しいですよ。なめらかなアイスもいいですが、小さな氷が混じるアイスを使ったこのパフェも美味しいです」
銀さんは食べ終わると早速次のパフェを選んだ。
ならばと私もパフェを注文した。
「俺に合わせる必要ねェぜ?」
「恋人同士なら同じものを食べたいじゃないですか」
そうして次は和風のパフェがテーブルに置かれた。
抹茶を基本にしたパフェだった。
それもとても美味しく私はパクパクと食べる。
銀さんはそれも食べ終わるとすぐに次のパフェを頼んだので私もそれに倣った。
何度も同じように銀さんはパフェを食べていくので、私も同じものを食べる。
「美味しいですね。いくらでも食べられる味です」
銀さんはそんな私を見てじっと見つめてきたが、私は何だろうと思いつつひんやりと冷たいアイスや軽い舌触りの生クリームを食べ続けた。
「俺と同じだけパフェを食う奴がいるとは思わなかった」
「美味しいですもの」
と私は微笑んだ。すると銀さんは目を細め私を見てきた。
何か悪かったのだろうか?
でもそれが悪かったのか良かったのか分からないままファミリーレストランを出る。
「さて、じゃあ、まずどこから行こうか」
「普通の恋人は、どんなことするんですか?」
「ラブホテル行って解散じゃねーの?」
「わかりました。じゃあラブホテルというところに行きましょう」
「すみません、冗談です。初めてのデートでラブホに行くような男とは付き合わない方がいいです」
「そうなんですか?覚えておきますね」
私がにっこり笑うと、銀さんは少し困った表情をした。
「どこか行きたいとことか、したいことってねェの?」
その言葉に目を輝かせて私は言った。
「私、買い物したことないんです。ショッピング、というものを希望します」
「え?待って。買い物したことないって、じゃあ、欲しいものがある時どうしてたんだ?」
「まず必要なものは全て親が揃えてますし、その他は商人が家に来て私は欲しいものを指で指すだけなんですが?」
「…どれだけお嬢様なのかスゲェわかったわ」
「ショッピング、ダメですか?」
「ダメじゃねえぜ?さ、行こう」
「あの…」
「なに?」
「あの、あの、手!手をつないでもいいですか?!恋人同士は手をつないで歩くんですよね!?」
これを言うのは正直、とても恥ずかしい。
でも、人生最初で最後のデートになるかもしれないから、勇気を出して言った。
銀さんは頭をかいて少し悩んでから、私の手を握った。
「依頼人じゃなけりゃこんなこと俺はしねェんだけどな」
「嫌でしたか…?」
私は繋がれたばかりの手を離そうとした。
でもすぐにぎゅっと握りしめられた。
私はまた顔を赤くさせる。
「まァ、構わねえよ」
銀さんが少し引っ張るので二人で歩き始める。
お店に並ぶ数々の品物。
着物を売る店、髪飾りを売る店、玩具を売る店、パソコンが並ぶ店、金物を売る店…私はキョロキョロと周りを見る。
「かぶき町まわってもオメーみてェなお嬢様が欲しいものなんてなさそうだけど」
「でも色々なものを見て回るだけでも楽しいです」
前にいた女性の指が目に入った。
爪を綺麗な桃色に塗ってある。
「わぁ…」
私の視線に気づいて銀さんが言った。
「何?マニキュアか?」
「綺麗です。私もしたいなぁ…」
「すりゃーいいじゃねえか。専門店行きゃあるだろ」
私と銀さんはコスメサロンというところに行った。
数多くの化粧品が置いてある。
その中のワンコーナーはずらりと並ぶ小さな瓶に入ったマニキュア。
鼻が刺激される独特な匂いも漂っている。
「いらっしゃいませ。本日はどのコースにいたしましょうか?」
店員がニコニコと話しかけてくる。
「あの、マニキュアというものは初めてなんです。どのように選べばいいですか?」
「カラーリングですね。まずカラーから選びましょう。まぁ、お客様。綺麗な手をしてますね。色も白いし、どのような色も合うと思いますよ?」
「じゃあ薄い桃色を塗っていただけますか?」
「お手入れの方もされますか?」
「えーと、彼氏…を待たせちゃうので、できるだけ早く仕上げて欲しいのですが…」
わー、彼氏だって!
一回言ってみたかったんだよね、この言葉!
本当の彼氏じゃないけれど、今日だけは銀さんが彼氏!
恥ずかしいけど、嬉しい!
「でしたら、乾くのに時間のかからないタイプでお色を塗りましょうね。お連れ様はそちらに座っていてください」
銀さんは後ろにあったソファに座ってぼーっとしてる。
私の爪は軽くヤスリをかけられて薄い桃色のマニキュアを塗られた。
爪に色を塗るってこんな気分のいいものだったのか。
世の中の女性がネイルアートに夢中になるのもわかる。
「あら、お連れ様眠ってしまってますね」
ネイルカラーが乾き始めて後ろを振り返るとだらしない格好で銀さんは眠っていた。
クスッと私は笑う。
「お客様、メイクもしていきますか?」
「お化粧を?私が?」
「お綺麗な顔をされてますが、少しだけメイクをするともっとお綺麗になれますよ」
銀さんがまだ寝ているので、私はお化粧もしてもらうことになった。
本当に最低限のうっすらとしたお化粧。
鏡を見るといつもと違う自分がいる。
私のは嬉しくなり胸が高揚した。
小一時間も待してしまったが、そっと銀さんの肩を揺らす。
「銀さん、銀さん、起きてください。終わりましたよ」
「んー、あー、できたのか…って。え。?」
「はい?」
驚いた顔で銀さんは私を見ている。
「なるほど…化粧もしたんだな…」
「似合いませんか?」
私は顔の前で指をかざし爪を見せた。
「いや、ネイルとかは俺全然分からねえから」
「じゃあ、このお化粧が変でした?」
「変…じゃねーよ…。…。」
銀さんは何かそのあと言葉を続けたが聞き取れない。
なんて言ったのか聞こうとしたら銀さんはソファから立ち上がる
「さ、おめかしも済んだんだ、次行こうぜ次」
「はい!」
私と銀さんはコスメサロンを出る。
しばらく歩くとものすごい音がする店を通った。
「何ですか、ここ。すごい音」
「まぁ、パチンコ屋だからな」
「チンコ屋?」
「パチンコ屋ね!?」
「はぁ、じゃあここ少し入ってみていいですか?」
「デートっぽくはねェと思うがいいのか?」
「何事も社会経験です」
私は銀さんの手を引く。
店の自動ドアが開くとさっきよりもっと騒がしくなる。
銀さんが座った席の隣に座ってみる。
前には釘がたくさん打たれた台がある。
銀さんは数千円を私に渡し、ここに入れろと指示を出した。
千円札を入れるとスーッと吸い込まれていった。
代わりにジャラジャラと小さな銀の玉が出てくる。
銀さんがするようにハンドルを回す。
すると銀の玉が飛び出して釘に弾かれあちこちに飛んでいく。
意味がわからない。
これの何が楽しいんだろう?
そう思って隣を見ると銀さんは真剣に台を見ている。
彼は楽しいみたいだ。
私の座っている台の液晶画面に777と数字が並んだ。
「!!かかった!」
「え?え?」
私はハンドルを回したままどうしたらいいかわからずにいると、下から玉が溢れ出てくる。
一度それが始まるとずっとずっと何度も「かかった」という状態になった。
「確変だ」と銀さんは言ったが私には何が何だかさっぱりわからなかった。
「金は金持ちにしか行かねーってこう言う事だよなー…」
換金所でお金が渡されると銀さんは不満そうに言う。
「なぜ、銀の玉がお金になるのでしょう?チンコってすごいんですねえ…?」
「パチンコな!?」
店を出るともう夕暮れになっている事に気付いた。
もうこのデートもそろそろ終わりに近づいている。
「晩飯でも食っていくか?」
「はい。それでデート終了ですね。私もさすがに遅くまではいられませんし」
「何食いてェ?ってもお嬢様の口に合うものがあるとは思えねーけど」
「じゃあ、私お酒を飲んでみたいです」
「酒だァ?飲めんのか、オメー」
「飲んだことがないからわかりませんけど、家では絶対飲ませてくれませんから経験してみたいんです」
「じゃあ居酒屋でも行くか。一応高めの」
そう言って二人手をつないで居酒屋に向かい歩く。
日が落ちてきて辺りが少し変化した。
看板がけばけばしくチカチカと光り、客を引く男があちこちに立っている。
かぶき町は昼より活発なイメージを見せはじめた。
私たちが入った店は、竹に囲まれた黒を主にする抑えめの店構えだった。
「いつもここに来るんですか?」
「いや、滅多にこねェ、と、いうかこれねェってのが正解か」
「ここは落ち着いた感じですね」
そんなことを言いながら二人席に着いた。
カウンター付きの個室で他の席からは見えないようになっている。
私は銀さんの隣に座った。
「んじゃ、好きなもの頼めよ」
銀さんはメニューを見せてきたが、全て彼に任せることにした。
「酒はどうする?俺は日本酒飲むけど…オメーは初めてなんだから甘めのカクテルにしておくか」
店員が注文を聞きに来た。
銀さんは日本酒の熱燗、私にはカルーアミルクというものを頼んでくれた。
その他銀さんは適当そうに料理を注文する。
「じゃあ、乾杯」
銀さんの猪口と私のグラスをカチンと鳴らせる。
私は恐々とグラスに口をつける。
「おいしい!甘いミルクコーヒーのようですね」
「コーヒーリキュールだしな」
しばらくしてテーブルに料理が運ばれてくる。
鮪とアボガドのタルタルソース、イベリコ豚の炭焼き、エビとチーズの春巻、いんげんの胡麻和え、牛すじ大根煮。
「おいしそう。いただきます」
私は手を合わせてから箸を持つ。
銀さんはくいくい日本酒を飲んでゆく。
料理の合間に私もカルーアミルクを飲むが、料理とこのお酒はちょっと合わないかな?
そう思っていると銀さんがそれに気づいたようで、次は違う酒を頼むか、と注文してくれた。
「強い酒は避けるとして…今度はビールにしておくか」
次に来たビールを飲む。
喉を過ぎる爽快で少し苦味のある味。
これは料理に合う。
私はごくごくとビールを飲んだ。
「結構いける口なようだな、こっちも飲んでみろ」
銀さんはお猪口に日本酒を注いでくれた。
キュッとくるような、辛味のある味。
「これが一番美味しいです」
「そりゃよかった。酔うから少しずつ飲むよーに」
銀さんは少し笑う。
酔うという感覚が私にはわからないけれど、今の所何も感じない。
銀さんは静かにお酒を飲んでいく。
その様子はとてもよく似合っている。
私は銀さんの横顔を隠れ見る。
近くで見ると、髪だけでなく、まつ毛も銀色なことに気づく。
お酒で濡れる唇を見てると、私の胸はぎゅっとすくみあがった。
何だろう、なぜかドキドキする。
「?」
銀さんがこっちを見る。
目があうとさらに胸がドキドキして私は慌てて目をそらした。
見つめすぎて変に思われたかもしれない。
見たいのに、顔を見てられなくなった。
どうして彼の顔を見れないんだろう。
私は戸惑い、あまり話せなくなる。
手持ちぶたさにお酒を飲んだ。
料理を平らげ、残りのお酒を飲み干すと、そろそろ帰らなければならない時間なのに気づいた。
お腹も膨れたのでここで店を出る。
もう少し、彼と一緒に居たかったな…。
夜道を歩くとタクシー乗り場に着いてしまった。
もうこれで彼と会える事はない。
銀さんとのデートが終わってしまうのだ。
寂しい。
もっと一緒に居たい。
私はなぜこんな気分になるのだろう。
「酔ってねェか?」
「酔ってないと思います。特に体に異変はありませんねえ。ちょっと残念かも」
「結構強いんだな。さて、本日のデートはこれで終わり。どうだった?」
「とても楽しかったです」
私はにっこりと笑った。
銀さんは私を見てまた目を細める。
この人はなぜそんな風に私を見るのだろう。
しばらくするとタクシーが来た。
私は車内に乗り込む。
銀さんが開いたドアに腕をつき、かがみこんだ。
今日のお礼を言おうと見上げた時、銀さんの顔が近付き、私と彼の唇が触れ合った。
私はびっくりして目を大きくさせる。
これは…?え?何?
私はキスされてるの…?
離れていく唇の温度。
そして銀さんはニヤリと笑う。
「今度は依頼なしでデートしようぜ。誰が止めても連れ出してやるから」
「え…?」
私の胸はドキドキを通り越してどっくんどっくんと大きくリズムを刻む。
「それはどういう意味…?」
「運転手さん出して」
私の問いかけに答えずに銀さんはそう言うとあっさり背を向けて歩き出した。
何が何だかわからないまま、ドアが閉められ車が発進する。
今度は依頼抜きでデート?
そしてキスの意味は…?
初めてのキスは何が何だからわからないまま終わった。
私は彼の唇が触れた自分の唇をそっと手で押さえる。
そして振り返った。
銀さんの背が小さくなっていく。
クラクラする、体温が高い、ドキドキする。
これがお酒に酔うってことなのかしら…?
それとも…。